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ペンスケ

キッチン

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Book Profile

 Work

筆者: 吉本ばなな (1964年、東京生まれ)

発行日: 1988

ページ数: 56

言語: 日本語

Genre

短編小説

Time and Place

吉本ばななは「キッチン」を1980年後半頃(1988)の東京を舞台に書いた。

Subject Matter (内容)

登場人物:
  • 桜井みかげ

主人公。先日祖母を亡くす。田辺雄一の提案で彼の家に居候することになる。

 

  • 田辺雄一

みかげと同じ大学の学生。桜井みかげの祖母が生前よく訪れていた花屋でアルバイトしていた。祖母に気に入られていた。祖母を、唯一の家族を亡くした桜井みかげを気遣い、自分の家に住まないかと勧める。母(元・父) と二人暮らし。

 

  • えり子さん

本名、雄司。妻を癌で亡くしてから、性転換をし、女性となった。ゲイバーを経営して、雄一を一人で育ててきた。

 

あらすじ:

桜井みかげ(主人公)は小さい頃に両親を亡くし、祖父母の元で育った。祖父はみかげが中学に上がるときに亡くなり、祖母と一緒に暮らしていた。しかし、先日その祖母も亡くしてしまい、家に独りぼっちになってしまった。家賃が高いのと、一人で住むには家が大きすぎるので、葬式が終わってまもなく引っ越しをしなければならなくなった。引っ越しについて悩んでいたところ、祖母と仲の良かった田辺陽一が、一緒に彼の家に住まないかと提案してきた。早く出て行かないといけないと思い、新居を探しつつも、田辺宅での生活がこれからもしばらく続いていくようだ。

 

注目すべき点:

話の中でみかげがキッチンを愛しているということが重要であると思う。

みかげにとってキッチンとは家の中で一番静かで、涼しく、落ち着け、心地よく眠れる場所である。彼女は自分の家のキッチンをすごく気に入っていた。自分の家を引き払ってから居候させてもらっている田辺宅のキッチンも同じぐらいに好きになった。つまり、彼女にとってキッチンとは、どこの家でも唯一心が休まる場所であり、彼女の居場所なのだ。

 

今後、みかげがどのように生活していくのか

田辺宅を気に入っている様だから、もしかしたら今後田辺雄一との関係が発展していき、このまま共に暮らす可能性は少なくないと思う。みかげは、口を滑らして言ってしまったこと(「おっと、あんまり大声で歌うと、となりで寝てるおばあちゃんが起きちゃう。」pg.55 - おばあちゃんはもういないが、まだいると思ってしまった) を雄一が気を使い、聞いてないふりをし、話題を変えてくれたとき、彼のことを「王子」と例えた。(「とっさに王子になる」pg.55) 気がない人のことを王子と例えるだろうか。最後のシーンで、みかげは「それともいつかまた同じ台所にたつこともあるのだろうか。」と考えている。将来この台所に立つときは、田辺雄一といい関係なって一緒に暮らすようになってからだろう。もしくは、また居候の可能性も。

もしくは、みかげが少し落ち着いてから着々と新居の準備を始め、一人暮らしをはじめたらもう田辺宅にお邪魔することはなくなるかもしれない。(「ここにだって、いつまでもいられない」pg.60)

 

みかげと宗太郎の関係

宗太郎はみかげが前に付き合っていた恋人である。彼の熱い性格から、みかげは今は宗太郎といたくないという描写がある。田辺家の妙な明るさ、安らぎを彼女は欲しているのである。

宗太郎の目から返ってきた答えには答えられない(「そしてこの気持ちはこのまま、どこか果てしなく遠いところへと消えてゆくのだ。」)àもしほんの少し未練が残っていたとしても、もう宗太郎とよりを戻す(また付き合う)ことはないだろう。 だが、宗太郎は今でもみかげのことが好きである。

 

 

表現方法、本の特徴

特に何も起こらず、クライマックスを含むような「起承転結」の形式で書かれてはないが、「転」にあたる「祖母の死」が作品の一番始めに書かれている。これは、ポストモダン主義であるといえる。また異様な設定のえり子さんの存在もポストモダン主義に含まれると思う。

感情・情景を基調に書いている。

 

Quotation

「魔がさした」pg.13

「私は、この台所をひと目でとても愛した」 pg.17

キッチンの中身の説明 pg.16-17

寂しさを理解しあっている pg.31

「宗太郎は公園が大好きな人だった。」 pg.34

「平和な明るい彼」pg.34

「彼は将来、植物関係の仕事に就きたいそうだ。」 pg.34

「そしてこの気持ちはこのまま、どこか果てしなく遠いところへと消えてゆくのだ。」 pg.38

「この家の人は買い物が病的に好き」「大きい買い物。主に電化製品ね。」pg.39

「生ジュースを飲んで、お肌をきれいにしようと思って」pg.44

「泣くに泣けない妙にわくわくした気持ち」pg.47

「空のかなたに去ってゆく小さい飛行船」pg.49

「おっと、あんまり大声で歌うと、となりで寝てるおばあちゃんが起きちゃう。」 pg.55

「ここが片づいたら、家に帰る途中、公園で屋台のラーメン食べような。」pg.55

「とっさに王子になる」pg.55

「それともいつかまた同じ台所にたつこともあるのだろうか。」pg.60

「ここにだって、いつまでもいられない」pg.60

  

Essay

吉本ばなな作「キッチン」には、主に作品名の「キッチン」と「死」の二つの象徴が用いられている。みかげの設定の一つとして、キッチンをものすごく好きであるという特徴がある。この作品は、「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。」、「台所であれば食事を作る場所であれば私はつらくない。」という文から始まり、最初の一ページの大半には好みの台所の特徴の説明が書かれている。このような描写から、一目でみかげはキッチンに異常なほどに強い思いがあることがわかる。彼女がこれほどまでにキッチンを好きな理由は、台所とは食事を作る場所であり、食事とは家族とのつながりを表すものであるからだと思う。また、キッチンは日常的に見られる、または使われるものであるということにも、違和感なく、親近感を持って読者に読まれるため、象徴として選ばれたのだと思う。

もう一つの主な象徴として、「死」が挙げられる。作品の二ページ目には、「私、桜井みかげの両親は、そろって若死にしている。そこで祖父母が私を育ててくれた。中学へ上がる頃、祖父が死んだ。そして祖母と二人でずっとやってきたのだ。先日、なんと祖母が死んでしまった。」とみかげの家族全員がもう亡くなってしまったという説明がある。作品の始めにこの重い話題を出し、祖母の死から成長していくみかげを描写していることから、「死」はキッチンの次にかなり重要な象徴だと考える。死とは、家族を亡くすことであり、家族とのつながりを断ち切ってしまうものである。また、突然やってくるものであることから、もう一つの「キッチン」という象徴からはかけ離れていて、対照的だと感じた。

この二つの象徴のように、間逆の結果を与える、まったく別の象徴を用いり、またみかげが祖母の死からどのように新しい人生をスタートしていったかという描写をすることで、人生には様々なことが待ち受けており、それらを乗り越えることにより、人は成長できる、ということを筆者はテーマとして読者に伝えたかったのだと思う。

なぜ「キッチン」と「死」を言葉で書かずに、象徴として表したのかは、その言葉自体に限定されずに、読者のそれぞれの解釈、または考えによって、別の可能性も考えてもらえるからという理由があると思う。限定された言葉だけで考えてもらうのではなく、象徴として使われたものは何にでも置き換えられ、アイデアそのものが大事なのだと感じてもらうことが筆者の目的なのだと考える。「死」という象徴も、本当の「死」だけに限らず、悲しい意味で人生を大きく変えてしまうのしてとらえることができる。そのものにより、ずっと悲しみに浸ってしまうことは必ずしも起こらない、みかげにとって将来の理想の「キッチン」をもつという希望のように、ささいな思いにより、人はその悲しみから立ち直れ、新しい自分へと歩みだせる、ということを吉本ばななは伝えたかったのかもしれない。